掃除しました(2024年6月…)

皆さん、おはようございます。

雨の日が多く、しかし晴れれば暑い、6月…
今年は雨の日こそあるものの断続的で梅雨入りがなかなか宣言されませんが、清掃活動は基本的に実施前に半日以上雨が降っていない状況で行います。

6月の掃除の記録です。
相変わらずタバコの吸い殻が多いですが、今回はそれ以上に缶やペットボトルのゴミが目立ちました。この時期、缶やペットボトルなど、液体の入る容器のゴミは非常に厄介です。ゴミ袋の容積を占めることもさることながら、雨が降ればその中に水が溜まるからです。

容器系のゴミに水がたまると何が厄介かと言うと、そこに蚊が産卵し、蚊の発生拠点となりうるからです。
蚊は大体水辺から半径100mを超えて飛ぶことはできないと言われています。流れる水があれば散乱しても卵や幼虫は流されてしまいます。
しかし、雨水が溜まれば、そこが蚊の拠点となります。捨てられて対処がされない容器系のゴミは、雨水がたまる絶好のポイントとなります。つまり、飲料系のゴミが捨てられたまま放置される状況は、蚊の発生や被害を助長する要因となるのです。

さて、今回タイトルの書き方がいつもと違うのですが…
この「掃除しました」の定期更新につきまして、今回をもって定期更新を終了としたいと思います。そもそもこの定期更新、活動報告よりもブログの定期更新のためのネタとして立ち上がった経緯が大きく、先日書いた「6月にやること」のような目標系の記事に定期更新が取って代わられることとなります。
とはいえ、定期更新では記事にしないだけで、不定期で記事にすることはありますし、これからも清掃活動は続いてまいります。

ゴミの落ちてない地域づくりには、まだ時間がかかりそうです…


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路上ライブはしてはいけないのですか?

皆さん、おはようございます。

マイク

新宿駅ではよく路上ライブを見かけます。
しかしながら、その横の看板にはこう書いてあります…
「路上ライブ禁止」
では、路上ライブはいけないのでしょうか?

結論から言いますと、路上ライブはいけないことです。
現に、路上ライブ禁止という看板があるじゃないですか。

おそらく、こういう意見の後には必ず「じゃあ場所問わず路上ライブをやるなと言うのか」「路上ライブから成りあがったアーティストもいる」と、路上ライブを擁護する声が出てくるかと思います。

もう一度言います。
そこに路上ライブ禁止と言う看板が立っているから、路上ライブを行ってはいけません。

おしまい。
…終わっちゃダメだ。

路上ライブを強行してはいけない理由

そもそも、路上ライブ禁止…新宿駅付近のほか、連絡通路など人通りの多い場所では大概路上ライブ禁止の場所が多いものです。理由としては
・人の流れが多く滞留を生む
・音を出すので騒音の苦情が入る
・深夜帯の治安悪化の原因
と言ったことが考えられます。
決して、路上ライブが気に喰わないからと言う理由だけで路上ライブ禁止を打ち出しているわけではありません。同様に、勧誘やデモ活動、集会の禁止がセットになっているケースが殆どです。

そして何より
路上ライブ禁止の場所で路上ライブを行うことが、「アーティストはルールを守らない」という印象を徒にばらまくことになります。ライブハウスを借りるにも高い、著作権団体とのやり取りが煩わしい、様々な問題がアーティストを育てる土壌を豊かにできないのに、路上ライブすらも禁止されてアーティストを清貧に追い込むのか、という声があったとしても、ルールを守らなければ説得力がありません。アーティストやクリエイターに対するネガティブな印象は、何か行動を起こそうとした際に呪詛としてまとわりついてくるものです。

もちろん、アーティスト活動をするためのランニングコストが高い、それが現実問題としてアーティストを育てる土壌を痩せ細らせているという問題とは向き合わなければなりません。そのためにも、まず「自分たちはルールを遵守してやっている、ただそれでも苦しいものは苦しい、だから何とかしてほしい…例えば…」と言えるような雰囲気作りが必要です。
そのためにも、地域のルールは守り、その上で活動が不便と言うのであれば、その声をくみ取ってくれる人を通して行政などに訴求していけばいいと思います。

ただ正直なところ、同じアーティスト活動でも、漫画やアニメなどは行政が動いている一方、音楽系は行政の動きがとりわけ鈍いように思えます。もしかすると、「その声をくみ取ってくれる人」が必要なのかもしれません。


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6月にやってみよう

皆さん、おはようございます。

日曜大工

6月…雨が降る日が多く、晴れれば暑いという、なかなかに厄介な季節。
あとは季節柄、作業をすることが多くなる時期でもあります。
というわけで、6月をどう過ごしていくかを考えてみました。

6月は、ガッツリ部屋掃除をしようと思います。

…出た!
とりあえず部屋掃除と言う、やることが多いのに脇道にそれる例のアレ!
…と思うでしょう?
実は、これが結構重要だったりします。

部屋掃除と言うと、何を思い浮かべるでしょうか…?

床に散らばったものや机の上をきれいにして、掃き掃除や拭き掃除をする…
出ているものを収納する…
必要ないものを棄てる…
いろいろあるかとは思いますが、重要なのは部屋をきれいにした、その後です。

部屋をきれいにしました。
しかし、2,3週間もすると、部屋が散らかってきます。
そう、部屋掃除をしたにもかかわらずですね。
つまり、部屋を掃除したのに部屋が散らかるということは、散らかる要因がその部屋にあるということです。
人間と言うのは、往々にして楽をしたがるものです。文明の利器は楽をしたいからと言う欲求から生まれたと言い切っても過言ではありません。つまり、部屋掃除と言う、コストが高い行動は、どうしても後回しだったり、億劫になったりします。

部屋が汚れやすい理由には
・物の収納が時と状況によって変わってしまう
・収納するまでのアクションが多い
・収納にアクセスするのにアクションが多い
と言ったことがあります。
物が多ければ、収納しようにも行き場がありません。当然ながら、その場にとどまることになります。その状態で部屋掃除をしても、部屋を散らかす要因として残り続けます。
そして収納までのアクションが多い…これが実は重要です。これが日曜大工のように頻度の高くない作業であればいいのですが、衣服を畳んで収納するなど、恒常的に行うアクションの場合、アクション数が大きく嵩みます。押入の中に衣類収納を設けたはいいが、押入を開けて衣服収納を開け、衣服を収納して衣服収納を閉め、押入を閉める…押入に入っていなければ押入を開けて閉めるというアクションは必要ありません。
それだけではありません。
もし「押入が開かない」「衣服収納の前に物が置かれている」といった事態がコンビネーションを起こしていたらどうでしょうか?この時点でやる気を失って衣服が溜まっていってしまう…「どうせ数日後には着ることになる」と思ってしまえばもはや衣類収納に戻す理由がなくなります。

こうして、部屋を掃除しても、状況は戻ってしまうものです。

部屋掃除で大切なのは、部屋を掃除し、どこに何があるのかを明確にするだけでなく、作業導線を確保し、作業導線を妨げる要因を解決することでしょう。慢性的に同じ理由で部屋が散らかるのであれば、部屋が散らかる根本原因を解決しなければなりません。

…というわけで、今月は忙しいながらも、1日30分でも、ワンタスクだけでもいいので、部屋掃除を進めていけたらと思います。


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物にアドレスをつける

分岐点

皆さん、おはようございます。

分岐点

先週、出先で食事会をしたのですが、その時に聞いた内容が非常に頷ける内容だったので共有したいと思います。

「物にアドレスをつける」

アドレスとはAddress、つまり住所ですね。この話では「ものがあるべき場所、ホームポジション」という定義になります。これを、すべての物に対して振っていきます。
例えば、ゴミ箱はテーブルの下、ティッシュ箱は机の左端、といった感じです。
これは何がメリットがあるかと言うと、メリットは2つあります。

ひとつは、アドレスのとおりの場所に置くことで、ここに物があるというのが認識できる。
例えは悪いですけど、一見散らかっているようで、必要なものがすぐに取り出せるというエピソードはよく目にします。それはまさに、アドレスのとおりに物が置いてあるということになります。

もうひとつは、アドレスを振れないものは不要であるという認識。
この作業机の上には、筆記用具と定規だけを置いておく、それ以外は置かないとしておけば、必要性を更新しない限り、その作業机の上にアドレスが無いものが置かれていれば、それは不要なものとして認識できます。
もちろん、作業をするために一時的に出してある、という場合もありますが、その場合でも作業が終わればアドレスを振られた場所に移動できるので、結果として作業机の上は作業机の上にアドレスを振られたもの以外が置かれない状態となります。もし作業机の上に置かれていて、どこにもアドレスを振ることができないというのであれば、それは不要であると認識することができます。

この、アドレスを振るという認識、物を置く場所を指定することにより、必要に応じてすぐにアクセスができる、アドレスの示す場所に置いておくことで生活する上での動線を阻害することがない…簡単に言えば整理整頓ができた状態となります。
そして、アドレスのないものが増える、アドレスはあるがそこに戻れない、必要なものではあるがアドレスを振ることができない状況に直面した際、根本原因が発覚し、それを対処する必要が出てくるということになります。

実際、ゴールデンウイークや盆休みなどの長期休暇には、楽曲制作に関する自主学習だけでなく、作業に必要な情報の整理…機材やマニュアルをどこに置くかといったインフラ整備にリソースを充ててきました。楽曲制作のみに限りませんが、プロのクリエイターがプロたる理由には、納期に合わせて成果物を制作する効率性があります。アプリケーションのショートカットを憶えるなどのミドルウェア的な内容もありますが、快適な作業環境を整える、机や脚元を汚す、機材のコードを引っ掛けるなどのリスクを排除すると言った、インフラを整えることも高い効率性を保つ要因となります。
今回、アドレスを振るということに大きく頷いたのも、プロのクリエイターが自ずとやっていることだから、というのはあるのかもしれませんね。


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掃除しました(2024年5月)

皆さん、おはようございます。

過ごしやすい気候にはなりましたが、散歩すると汗ばんでくるほどです。
そろそろ、早い時間に掃除をすることを検討する季節ですね。

コンビニのレジ横に置いてある食べ物の包装、調理パンの空袋、でもダントツで多いのはタバコの吸い殻です。紙タバコ、電子タバコ用とありますが、往路で拾っても復路で再度捨てられてるケースが多いのは圧倒的に紙タバコです。正直なところ、紙タバコに火をつけている人の方が喫煙マナーが悪い気がします。マナーのない喫煙は副流煙で気づきやすいのが紙タバコだからということもありますが、それを差し引いてもマナーの悪さが目につきます。

地域の掃除ですが、近所の方にねぎらいの言葉をかけてもらうことがあります。
住んでいる地域をきれいにするのもさることながら、治安を良くする、治安を悪くしないことにも一役買うものだと思います。人の目につかない、誰も掃除しない、だから汚れたままであり、汚すことへの罪悪感が薄れ、更にゴミは積もる…これは何も、人目のない場所だけに起こるとは限りません。住宅地でも、同じことは起こりますし、むしろ人が住む以上余計に厄介です。住宅地が汚され掃除されないということは、治安が悪いことの証左、惹かれるように治安を悪化する要因が集まってくるというものです。
地域の掃除をするのは、それを防ぐ役割もあるのです。
例え、掃除をしても、それを嘲笑うかのようにポイ捨てをされても、折れなければ必ず情勢は上向きます。そして、折れなかったことがもたらした実績が橋頭保となり、ポイ捨てをしない、汚さない、そんな街づくりにつながることでしょう。


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iPad Proの広告と表現の自由

皆さん、おはようございます。

廃品回収車

先日情報をリリースしたApple社のiPad Proについて、プロモーション動画が物議を醸しました。
積み上げられた楽器やゲーム機筐体、ぬいぐるみなどを、プレス機で押しつぶし、押しつぶされた後にiPad Proの本体が出てくるというものですが…これが「気持ち悪い」「音楽に携わる者への冒涜」などと批判が相次ぎ、同社が謝罪、当該動画を使用したCMの放送は見送るにまで至りました。

同じ音楽に携わる者として、ピアノやギターがプレス機に潰され、風船が破裂するように爆散する姿は、正直不快感を抱きました。
おしまい。
…終わっちゃダメだ。

表現の自由の範疇なのか?

この動画は大量の批判を浴びました。
果たしてこれは、表現の自由の範疇なのでしょうか?

答えとしては、「表現の自由の範疇」と言えます。

表現の自由とは、表現の手段や内容が他者の人権を侵害しない限り、表現する機会を認められるというものです。今回の内容は、確かに関係者から見ると非常に不快なものであるかとは思いますが、その中で関係者に対して貶める意図が明確であることを確立できない以上、表現の自由の範疇であると言えます。

では、当該動画への批判は、間違っているのでしょうか?
この答えは「No」です。

表現の自由とは、表現する機会を認められる一方、表現をしたことに伴う結果に対して責任を持つ、表現をしたことに伴う結果を受け入れることにあります。今回、多くの批判の矢面に立たされることとなり、謝罪をするまでに至りましたが、これ自体が、表現の自由を行使したことによる責任と言えるでしょう。

表現に自由と言うと、本当に当たり障りなく表現の機会を享受できるものと思われがちですが、それに伴う責任が置いてけぼりになりがちなのもまた事実です。特に芸能関連の仕事や趣味は表現の自由が揺らぐことで、致命的な状況に晒される危険性を孕み、これまで幾度もその状況に晒され、乗り切ってきましたが、今後も同様の事態は起こり続けることでしょう。
表現の自由は、クリエイターの源泉…権利を享受し続けるためには、権利を侵害されないように守る義務もあります。


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