なぜ交通安全の標語は川柳になるのか

皆さん、おはようございます。

分岐点
交通安全の標語…
大体小学校のポスターコンクールのネタになることが多いですね。
交通安全を促す標語は、やっぱり小学生の目線が強く、安全運転とか飲酒運転しないとかそういうネタは出てこないのですが…それはさておき。
疑問に思ったこと、ありませんか?

手をあげて 車止まって 右左

そうです…
コンクールで受賞したなどして、目に留まる標語の大多数が、川柳(5・7・5)であることに。
当たり前ですが、標語は川柳形式であることという制限はありません。
「青信号でも忘れないで、左右確認」とかでも問題はありません。
ではなぜ、交通安全に限らず、標語は往々にして川柳になりがちなのでしょうか。
その理由は、大きく分けて2つです。

長さ、区切りがちょうどいい

川柳に限らず、俳句や短歌は、声に出すには非常にリズムよく、読みやすいというメリットがあります。どこで区切るのか、どういう音節の塊をしているのかが見えやすいです。
これが川柳形式でない場合…先の「青信号でも忘れないで、左右確認」であれば、前半部分が多く、後半部分が少ないアンバランスさを感じますが、川柳であれば、5・7・5もしくはそこに近しい形で区切ることが可能です。読みやすいは受け入れやすい、というのはあるでしょう。

そして、2つ目の理由です…
この理由が最も大きいと思いますし、その理由は過去の自分が持っていました

川柳じゃないといけない圧力

小学生の交通安全(に限ったことではないですが)標語は、大体川柳に着地するのですが…ここでもし、川柳形式じゃない標語を出したら、どうなるでしょうか。
まず想定されるのは、「みんな川柳形式なのになぜ川柳じゃないのか」という仲間外れ意識ではないでしょうか。もちろん川柳形式に限定しているのではありませんが、人と外れているという状況は、小学生などの子供が背負うにはあまりにも負担が大きすぎます。

過去に、交通安全の標語に応募しようと考えた時、実兄にアイデアを出してもらったことがありました。しかし、わたしはそのアイデアを蹴りました。
出された標語は、川柳形式ではないものでした。
それに対して「5・7・5じゃないじゃん!」と反発していました。
冒頭でも書いていましたが、標語募集は川柳形式に限定したものではありません。しかし、川柳形式じゃないという理由だけで、子供時代のわたしは提案を突っぱねました。今思えばそれは「周りが川柳形式の標語ばかり出してくる」という同調圧力にも似たものに駆られていた証左なのかもしれません。

多様性が認められ、その動きは急速に拡大してはいますが、それでも同調圧力に似た「前へ倣えをすることの安心感」「前へ倣えをしないことに対する疎外感」は存在し続けます。
特に子供の頃はなかなか周りと違うことができないことが多いものです。交通安全の標語募集についても、「川柳形式である必要がない」と言質があった方がいいのかもしれません。目に見えない「前へ倣え」があった時に、それに従ってしまうことから守るのも、大人の努めです。


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