(2025)今年の総括

皆さん、おはようございます。

分岐点

今年は夏が酷暑で長く、冬の訪れが早く、熊による被害なども問題となりました。
そんな中、仕事の受付窓口の整備やTheCREATORSへの参加に付随したボーカル曲制作の訴求などを行うに至りました。全体的に忙しく、目立った行動は少なく、準備に費やした1年だったと言えます。

2026年ですが…

SNSでのアピールから仕事につなげることを中心として
SoundSystem3.4の実装
様々なジャンルの楽曲制作の効率化

これを目指していこうとおもいます。
SNSでのアピールは、どんな曲を作れるのかを認知させるための最短経路と言えるでしょう。但し、ツイッター(X)ではシステムの改訂でユーザー離れが起こる懸念が強く、BlueSkyと並行して進めることになりそうです。後者についてはユーザーが少ないものの、機能改善やツイッターからの流入が増えることで、立ち位置が変わる可能性があります。

SoundSystem3.4は、現行のSoundSystem3.3を改良するだけでなく、体系的な楽曲制作の環境を作ることで、品質とデリバリーの安定と向上を図るものです。
このプロセスで、様々なジャンルの楽曲制作も効率化が図れるようになります。

2026年は、いい年になりますように。

テレビを視ているとやたらと●●がかかる

皆さん、おはようございます。

考える人

最近のテレビ番組を視ていて思うのですが…

・ロケ中に移った道行く人々に
・テニスのような球技の試合で応援する観客に
・道の駅を訪れた際の店内の客に
・グルメ旅で訪れた店の紹介中に映り込んだ客に
・過去に放送された番組の登場人物に

顔の部分に悉くボカシがかけられています。

確かに今の時代、プライバシー保護遵守の意識は高いのですが…
そもそもテレビ番組という出演者や風景などの取材対象物を映すものについて、そこに映り込んだ一般人の顔にボカシをかけるのは、正直行き過ぎているとしか思えません。
確かにプライバシー保護の観点は大切ですが、これが遠くから特定の一般人をカメラに収めることを目的としているならまだしも、出演者以外の人物を映すことが目的でない以上、画面に映り込んだ一般人にボカシをかけるのは不相応な気がします。そもそも少し前まではボカシはかけられていませんし、生放送では映り込んだ一般人にボカシをかけることはできません。何より、過去に映り込んだ一般人から「勝手に映され、プライバシーを侵害された」と訴訟された事例はあったでしょうか。

そしてこれは、私人によるSNSに写真や動画を上げた際に人が映りこんだ場合についても、画像加工をしなければならないといった風潮をもたらす結果となり、非常に息苦しい世の中になったものだと言わざるを得ません。

適切な法規は人権を守りますが、行き過ぎた規制は人権を守る以上の不便をもたらします。
なぜ法規があるのか、法規を守ることのメリットは何か、その法規が行き過ぎればどんな不利益があるのか…それを考えないとより息苦しい社会に進んでいってしまうでしょう。

必要無くなる連絡手段

皆さん、おはようございます。

メガホン

仕事をする上で必要となるのは、連絡手段。
電話、Eメール、SNS…連絡手段には様々な方法があり、それぞれが一長一短と言えます。
しかしながら、昨今必要無くなる連絡手段となるのではないか、そう思うものがあります。

それは「電話」です。

電話での連絡は、こちらから連絡して、リアルタイムで応答することができる、フィードバックが早い連絡手段ではあります。Eメールと比べ、そのレスポンスの速さは比較にならず、すべての連絡手段の中でも最も早い応答速度を持つことでしょう。
では、なぜ電話での連絡手段は、消えつつあるのでしょうか?

文字という記録に残せない形態

多くな理由のひとつはこれです。
電話はレスポンスをもらうための応答速度はピカイチですが、会話のようなもので、文章として残すことができません。許可をもらうなど、低次元の内容であれば問題ないですが、重要なやり取りなど、後から見返す必要があるケースでは不都合です。断片的な記憶を勝手に補完し、解釈に齟齬が出る可能性もあります。
それに、そもそも作業に許可をもらうこと自体も保存できないため、電話口では許可を得て、それを元に作業をしたが、後でそんな許可は出したことがないと、言った言わないのトラブルになることも懸念されます。

応答できない場合がある

相手が電話口に出られない状況は多々あります。
会議中、電車での移動中、リモートワーク中で携帯端末から目を離していたなど…電話以外の手段であれば、メッセージを残して反応をもらうことが可能ですが、電話の場合はそれができません。
また、人によっては電話でのやり取りが苦手というケースもあります。

迷惑電話が多い

特に電話連絡が嫌われる理由はこれではないでしょうか。
電話連絡自体は悪くないですが、電話連絡の連絡先を開示すると、名刺交換などした相手から電話口での連絡があるのではと身構えますが、そこに迷惑電話が絡んでくると、迷惑電話に応答してしまったことへのストレスだけでなく、電話に出られなかった場合に相手からの連絡だったら…と自責の念に駆られることもあるかと思います。
特に050で始まるIP電話を使う企業も増えている一方、迷惑電話の電話番号に使用されるケースも多く、もはや発信者不明の電話番号からの着信については信頼を失っているのが現状です。

直近では、電話でのやり取りを一切しないケースもありますが、Eメールでのやり取りもほとんど行わない企業もあるそうです。チャットツールや自社製アプリで連絡を取り合うなど、最適な連絡方法を使用するケースも相次ぎ、もはや電話、Eメールの時代は過去のものになろうとしています。
ホームページを設け、そこで案件の請負や情報の発信を行うケースもありますが、それもまたSNSの進化などにより、全く用いていないケースも珍しくはないでしょう。
ただそれでも、ホームページを設けて情報の発信などを行っているのは、現状SNSでは情報発信などの全ての受け皿を担うには力不足であるという側面があります。
そこについては、追々語れればと思います。


楽曲制作承ります!

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生成AIではないもの

皆さん、おはようございます。

生成AIについては、業務の円滑化などの一方、特にイラストや音声では著作権関連のトラブルや、関係者への攻撃などが社会問題となっていたり、直近ではオプトアウト型※の学習をしないように日本国内の業界で声明を上げるなど、大きな動きが見えている感じはします。

※オプトアウトとは

「最初は登録していないが、許可をもらった際に登録する」形式をオプトインと呼ぶのに対し、「最初から登録しているが、不許可とした際に登録から除外する」形式をオプトアウトと呼びます。
オプトアウト型の問題点としては、権利者や決定権がある人が認識しない限り意に反して運用される可能性があること、複数の場所で意に反して用いられている場合に、そのすべての場所に不許可であることを手続きしなければならない点があります。生成AIの学習がオプトアウト式の場合、生成AI学習を許可しないコンテンツが意図せず学習された際に権利者が取り下げを求めない限り、意に反して使われ続ける危険性があります。
そのため、生成AIなどの大規模な学習については、学習データのクリアリティを担保するため、オプトイン形式であるべきという声が上がっています。

話はそれましたが、本題です。
最近だと、AIと生成AIが同じもの…AI=生成AIと認識されるケースがあるようです。
ただ、AI…つまり人工知能自体は、ずっと昔から存在します。
記憶にあるものとしては、ファミコン版ドラゴンクエスト4がAIシステムを積んでいることを売りにしていましたね。味方キャラを個別に操作せず、キャラ自らが意思を持って行動するシステムをAIによる学習システムと謳っていました。
また、将棋やオセロ、チェスと言った対戦型ゲームのCPUの動きを決定するものもAIです。オセロの場合は、次の1手を決めた場合、どれだけの石が増えるか、その後のプレイヤーの行動でその1手を決める前と比べてどれだけ石が増減するかを判断しています。人が考えることと同じように、操作をした結果を特定の評価軸で判断し、その評価点が高い手を選ぶことが、人工知能の動き方につながっていきます。
RPGでは「このモンスターはHPが一番低い味方を狙ってくる」などの個性があったりもします。これは、味方HPを読み、一番低いキャラを標的とするアルゴリズムに従って行動しています。こういった行動パターンの確立も、AIと言えるでしょう。

では生成AIとそうじゃないAIの違いは何なのか

出力結果が成果物の生成かアルゴリズムの出力結果かの違い、入力の指示が曖昧かシステムに合わせて厳格かの違いであると言えます。
例えば、シンセサイザーのアルペジオ(和音を1音ずつばらけさせて弾く)パターンに合わせたコードのパートを作る場合、これまではアルペジエーターに和音を入力し、パターンを選択し、そのパターンに合わせた結果を演奏として出力することになりますが、生成AIの場合、ばらけ方、テンポ、音色などを言葉で指定し、それに従い演奏した結果を音声データとして生成します。
しかしながら、この出力する際に、出力結果となる学習内容をどこから持ってきたのかといった出自が不明なデータを使う可能性があります。「誰誰のこの曲のようにアルペジオを作って」と言った場合、まさに誰誰のこの曲のデータからそのまま抜き出す可能性もあります。このように、引用してはいけない結果を孕みかねない点が、生成AIを使用した制作の大きな懸念となっています。

生成AIに関する流れは、直近では否定的な声が多く聞かれますが、本来はクリエイティブな局面において作業の一助となるゲームチェンジャーとなるはずでした。
しかしながら、法整備が追い付く前に、個人での利用の範疇を大きく逸脱した、他者の著作物を無断学習させた生成物の販売、ディープフェイクなどのデマ動画といった、悪意のある使われ方が問題となり、もはや生成AIの技術そのものに対する嫌悪感を抱いている人も少なくありません。このまま悪用される事例が収まらなければ、クリエイターを妨害するツールとして技術そのものを封印する結論に至ってもおかしくはないでしょう。

少なくとも、無料で使用できるような技術であるべきではないこと、企業が管轄できるオプトイン形式でクリアランスが保証されたデータベースであること、個人レベルでの学習がクラウドに上がらないことなど、著作権の悪用に至る対策を講じられない限り…
そして何より、クリエイターに対する敬意を使用者が持たない限り、生成AIがクリエイティブな世界で活躍するタイミングは来ることが無いでしょう。


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その作品の価値はいくらなのか

皆さん、おはようございます。

小銭

楽曲に限った話ではないですが、何かを作ってもらう際に必ず課題となるのが、料金。
当たり前ですが、有償での依頼というものは、依頼した相手がそれを生業としているという以上、正当な代価を頂く必要があります。

しかしながら、それでも依頼する際の料金は、お世辞にも安い、問題ないといったレベルで済まされないケースが多いものです。
そこには、普段から外注することに慣れていない方から見れば、どれだけの料金がかかるか想定がつかない、その想定した料金が手元にないことがあります。

ところで…
同じ楽曲を制作してもらうにしても、50000円で制作を依頼した場合と、5000円で制作を依頼した場合、果たしてそこに価値の差はあるのでしょうか?

結論から言うと、制作を依頼した楽曲の価値は、支払を行った金額そのものです。
もちろん、人によっては「支払った以上の価値がある物だった」と感じることも間違ってはいませんし、本来は支払以上の価値を提供することは、クリエイターのみならず、商売人として当たり前の話であります。

では、5000円で制作を依頼した場合、その楽曲の価値は本当に5000円でしょうか?
もちろん、先の話の展開からすれば、5000円以上の価値が出るとは思います。
しかしながら、ここには大きな落とし穴があります…

楽曲制作に5000円を支払うというのは、余程のことがない限り、その目的は「5000円程度の金額で楽曲制作する人を探す」ことではないでしょうか。
つまり、安価な金額を提示した人に楽曲を作らせれば、それでいい…つまり、制作した楽曲の価値が5000円程度であると、依頼した側があてはめてしまうこととなります。
もし、しっかりと勝負できる楽曲が欲しい、目的を完遂するに足りる楽曲が欲しいというのであれば、5000円では叶いませんし、願いを叶えたいのであれば、それよりもはるかに高い金額を提示する覚悟を持っているはずです。

クリエイターに対する不当な低額の提示は今も問題であり、プロとして恒常的に活動しているクリエイターに対しての無償提供を当然とばかりに要求するケースは、後を絶ちません。
そのためにはクリエイター側が毅然として無償依頼や安請負に対してNOを突きつける必要と責任がありますが、とりわけ「プロとして大成するまでは一人前の金額は取れません」「値引きをすることで仕事獲得につなげたい」というケースがあり、それを見た人がクライアントとなった際に、こういったケースを例示し、クリエイターに不当な買いたたきを行う流れにつながり、クリエイター問題の撲滅を阻んでいます。

クリエイターを買い叩くトラブル、クリエイター側も不当に安い金額や無償請負に応じる事案はどうしたら減らすことができるのか…
そこには、クリエイター自身が事業者として自覚し、職務を全うし報酬を頂くことに責任と覚悟を持ち、クライアントも彼らへの依頼がクリエイターを活かし、ビジネス価値を生むプロダクトを作る協力者を育てる土壌を維持していくことを理解する必要があるでしょう。


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ブラヴォーご法度

皆さん、おはようございます。

10月の3連休にちょっとした騒動が報じられました。

演奏が終わった直後に間髪入れず「ブラヴォー!」と叫ぶのはおやめください―

オーケストラ楽団が出したメッセージです。
オーケストラコンサートについては、演奏が終わり、指揮者がタクト(指揮棒)を下ろしたところで演奏の終了が宣言され、大きな拍手で迎えられるという通例があります。
(楽章の終わりについては楽曲がきれいに締まって静寂になりますが、タクトを下ろさないので演奏を継続する、ということになります)
今回問題になっているのは、タクトを下ろす前に「ブラヴォー!」と叫んでしまったことにあります。いわば、まだ演奏が終わっていないのに演奏終了を宣言されたことが問題となっています。これについて、オーケストラ楽団側が堪えかね、SNS上にメッセージとして発信したというのが今回の騒動の顛末です。

オーケストラの演奏は、最後の1音が演奏され、残響が消えたそのタイミングまで演奏が続いています。拍手が起こるべきタイミングを計算して、指揮者はタクトを置きます。
なので、タクトを置いてから拍手喝采と行きましょう。

また、オーケストラコンサートにはカーテンコールと呼ばれる、いわばアンコールに相当するものがあるのがお約束ですが、これについてもアンコールと声に出すことはありません。大体は会場が手拍子を揃えている状況となります。

というわけで、オーケストラコンサートに赴く際は、最後の1音が途切れてから拍手をするようにしましょう。

おしまい。

…終わっちゃダメだ。

敷居を徒に高めることなかれ

今回の騒動は、常習的にフライングブラボー(フライングしなくても問題になっていたかもしれないが)をする人がいることが問題ではありましたが、この問題で懸念するのは、オーケストラコンサートの敷居が高くなってしまうことです。

オーケストラコンサートには、会場に不相応でないドレスコードや、未就学児の入場制限、上演中のスマートフォンの使用、雑音を立てるなどの禁止事項があります。サイリウムを振り回すなどもってのほかです。
しかし、今回の騒動を受け「やっぱりオーケストラコンサートは庶民には敷居の高いものなんだ…」と尻込みし、オーケストラコンサートへ足を運ぶことを止めてしまうケースが増えてしまうことは懸念しています。

確かにオーケストラコンサートはいろいろと注意すべきことはありますが、基本的なルールはパンフレットなどに書いてあります。それ以外については、コンサートホールのふかふかの椅子に深く腰掛け、ゆったりと管弦の調べに身を委ねれば、なにもマナーに抵触することはありません。
オーケストラコンサートは怖いもの、というイメージを持たず、CDにはないダイナミクス、ピアニッシモさえもしっかりと届く音響、オーケストラ楽器の迫力と優雅なサウンドを楽しむことができる場であってほしいと思うものです。

ちなみに、楽章の間で拍手する、ということについてはマナー違反ではありません。ただ、楽章の間で拍手することを嫌い、楽章の終了から次の楽章まで、楽器を均した状態でバトンタッチするという楽曲が生まれたというエピソードもあります。


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