テレビを視ているとやたらと●●がかかる

皆さん、おはようございます。

考える人

最近のテレビ番組を視ていて思うのですが…

・ロケ中に移った道行く人々に
・テニスのような球技の試合で応援する観客に
・道の駅を訪れた際の店内の客に
・グルメ旅で訪れた店の紹介中に映り込んだ客に
・過去に放送された番組の登場人物に

顔の部分に悉くボカシがかけられています。

確かに今の時代、プライバシー保護遵守の意識は高いのですが…
そもそもテレビ番組という出演者や風景などの取材対象物を映すものについて、そこに映り込んだ一般人の顔にボカシをかけるのは、正直行き過ぎているとしか思えません。
確かにプライバシー保護の観点は大切ですが、これが遠くから特定の一般人をカメラに収めることを目的としているならまだしも、出演者以外の人物を映すことが目的でない以上、画面に映り込んだ一般人にボカシをかけるのは不相応な気がします。そもそも少し前まではボカシはかけられていませんし、生放送では映り込んだ一般人にボカシをかけることはできません。何より、過去に映り込んだ一般人から「勝手に映され、プライバシーを侵害された」と訴訟された事例はあったでしょうか。

そしてこれは、私人によるSNSに写真や動画を上げた際に人が映りこんだ場合についても、画像加工をしなければならないといった風潮をもたらす結果となり、非常に息苦しい世の中になったものだと言わざるを得ません。

適切な法規は人権を守りますが、行き過ぎた規制は人権を守る以上の不便をもたらします。
なぜ法規があるのか、法規を守ることのメリットは何か、その法規が行き過ぎればどんな不利益があるのか…それを考えないとより息苦しい社会に進んでいってしまうでしょう。

その作品の価値はいくらなのか

皆さん、おはようございます。

小銭

楽曲に限った話ではないですが、何かを作ってもらう際に必ず課題となるのが、料金。
当たり前ですが、有償での依頼というものは、依頼した相手がそれを生業としているという以上、正当な代価を頂く必要があります。

しかしながら、それでも依頼する際の料金は、お世辞にも安い、問題ないといったレベルで済まされないケースが多いものです。
そこには、普段から外注することに慣れていない方から見れば、どれだけの料金がかかるか想定がつかない、その想定した料金が手元にないことがあります。

ところで…
同じ楽曲を制作してもらうにしても、50000円で制作を依頼した場合と、5000円で制作を依頼した場合、果たしてそこに価値の差はあるのでしょうか?

結論から言うと、制作を依頼した楽曲の価値は、支払を行った金額そのものです。
もちろん、人によっては「支払った以上の価値がある物だった」と感じることも間違ってはいませんし、本来は支払以上の価値を提供することは、クリエイターのみならず、商売人として当たり前の話であります。

では、5000円で制作を依頼した場合、その楽曲の価値は本当に5000円でしょうか?
もちろん、先の話の展開からすれば、5000円以上の価値が出るとは思います。
しかしながら、ここには大きな落とし穴があります…

楽曲制作に5000円を支払うというのは、余程のことがない限り、その目的は「5000円程度の金額で楽曲制作する人を探す」ことではないでしょうか。
つまり、安価な金額を提示した人に楽曲を作らせれば、それでいい…つまり、制作した楽曲の価値が5000円程度であると、依頼した側があてはめてしまうこととなります。
もし、しっかりと勝負できる楽曲が欲しい、目的を完遂するに足りる楽曲が欲しいというのであれば、5000円では叶いませんし、願いを叶えたいのであれば、それよりもはるかに高い金額を提示する覚悟を持っているはずです。

クリエイターに対する不当な低額の提示は今も問題であり、プロとして恒常的に活動しているクリエイターに対しての無償提供を当然とばかりに要求するケースは、後を絶ちません。
そのためにはクリエイター側が毅然として無償依頼や安請負に対してNOを突きつける必要と責任がありますが、とりわけ「プロとして大成するまでは一人前の金額は取れません」「値引きをすることで仕事獲得につなげたい」というケースがあり、それを見た人がクライアントとなった際に、こういったケースを例示し、クリエイターに不当な買いたたきを行う流れにつながり、クリエイター問題の撲滅を阻んでいます。

クリエイターを買い叩くトラブル、クリエイター側も不当に安い金額や無償請負に応じる事案はどうしたら減らすことができるのか…
そこには、クリエイター自身が事業者として自覚し、職務を全うし報酬を頂くことに責任と覚悟を持ち、クライアントも彼らへの依頼がクリエイターを活かし、ビジネス価値を生むプロダクトを作る協力者を育てる土壌を維持していくことを理解する必要があるでしょう。


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ブラヴォーご法度

皆さん、おはようございます。

10月の3連休にちょっとした騒動が報じられました。

演奏が終わった直後に間髪入れず「ブラヴォー!」と叫ぶのはおやめください―

オーケストラ楽団が出したメッセージです。
オーケストラコンサートについては、演奏が終わり、指揮者がタクト(指揮棒)を下ろしたところで演奏の終了が宣言され、大きな拍手で迎えられるという通例があります。
(楽章の終わりについては楽曲がきれいに締まって静寂になりますが、タクトを下ろさないので演奏を継続する、ということになります)
今回問題になっているのは、タクトを下ろす前に「ブラヴォー!」と叫んでしまったことにあります。いわば、まだ演奏が終わっていないのに演奏終了を宣言されたことが問題となっています。これについて、オーケストラ楽団側が堪えかね、SNS上にメッセージとして発信したというのが今回の騒動の顛末です。

オーケストラの演奏は、最後の1音が演奏され、残響が消えたそのタイミングまで演奏が続いています。拍手が起こるべきタイミングを計算して、指揮者はタクトを置きます。
なので、タクトを置いてから拍手喝采と行きましょう。

また、オーケストラコンサートにはカーテンコールと呼ばれる、いわばアンコールに相当するものがあるのがお約束ですが、これについてもアンコールと声に出すことはありません。大体は会場が手拍子を揃えている状況となります。

というわけで、オーケストラコンサートに赴く際は、最後の1音が途切れてから拍手をするようにしましょう。

おしまい。

…終わっちゃダメだ。

敷居を徒に高めることなかれ

今回の騒動は、常習的にフライングブラボー(フライングしなくても問題になっていたかもしれないが)をする人がいることが問題ではありましたが、この問題で懸念するのは、オーケストラコンサートの敷居が高くなってしまうことです。

オーケストラコンサートには、会場に不相応でないドレスコードや、未就学児の入場制限、上演中のスマートフォンの使用、雑音を立てるなどの禁止事項があります。サイリウムを振り回すなどもってのほかです。
しかし、今回の騒動を受け「やっぱりオーケストラコンサートは庶民には敷居の高いものなんだ…」と尻込みし、オーケストラコンサートへ足を運ぶことを止めてしまうケースが増えてしまうことは懸念しています。

確かにオーケストラコンサートはいろいろと注意すべきことはありますが、基本的なルールはパンフレットなどに書いてあります。それ以外については、コンサートホールのふかふかの椅子に深く腰掛け、ゆったりと管弦の調べに身を委ねれば、なにもマナーに抵触することはありません。
オーケストラコンサートは怖いもの、というイメージを持たず、CDにはないダイナミクス、ピアニッシモさえもしっかりと届く音響、オーケストラ楽器の迫力と優雅なサウンドを楽しむことができる場であってほしいと思うものです。

ちなみに、楽章の間で拍手する、ということについてはマナー違反ではありません。ただ、楽章の間で拍手することを嫌い、楽章の終了から次の楽章まで、楽器を均した状態でバトンタッチするという楽曲が生まれたというエピソードもあります。


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AIより任せた方が楽。

皆さん、おはようございます。

考える人

生成AIはもはや、ビジネスシーンにおいては身近な存在となっていますが、その一方で適さない局面がある、というのは過去にも記事にしてきました。
とりわけ、クリエイティブな局面と言うのは、生成AIに取って代わられると言われることが多いのですが、生成AIの仕組みを考えるほど、実は取って代わられにくいのではと思うことも多くなります。

少し前に、和歌山市で生成AIを使ったご当地キャラの作成が物議を醸しました。
作成に当たっては著作権をクリアしているとして問題はないのですが、生成AIについて熟知していない限り、同じ試みに続けとばかりに突撃したところで、トラブルに首を突っ込んでしまうことになりかねないでしょう。

生成AIを使い、キャラクターを新たに生み出すこと自体は法的問題はありません。
しかしながら、それについては、様々なクリアすべき要件があります。

  • 生成AIに使用している学習データが著作権上の制限をクリアしていること
  • 生成AIがベースとしている学習データベースに違法性がないこと
  • 生成AIの使用目的の範疇で行われていること

特に、生成AIに使用している学習データが著作権上の制限をクリアしていることについては、その状況を揃えることが難しいこと、その状況を揃えることが非効率的であることが挙げられます。
なぜなら、公表することを前提としたイラストを制作するにおいて、生成AIに学習させるために著作権上の制限をクリアしているデータを用意するのであれば、手元に「生成AIへの使用を許諾された素材」があることが必要となります。もし手元に素材が無く、手頃なイラストを学習させれば、たちまち著作権に引っかかりアウトとなります。すでに公表済みで使用可能な過去の素材についても、当時は生成AIへの学習と言った要項はなかったため、新たに許諾を取り直す必要があるでしょう。

だったら、生成AIに学習させても問題ないイラスト素材を作ってもらえばいいんじゃないですか?

その通りです。
ですが、それだったら最初からこういう素材を作ってってプロに頼んだ方が手っ取り早くありませんか?
(「ラクダを前から押さえてくれ」という小話を思い出しました ※閲覧は自己責任で)

結局のところ、手元にAI学習が使用可能な素材が無ければ、生成AIにより新しいイラストを作っても公表できないというジレンマに陥ります。もしこれを検知できないというのであれば、生成AIを使うべきではありません
生成AIを使用したことによって浮いた時間や費用は、トラブル一発で組織の信頼もろとも簡単に消し飛びます。

生成AIは法規制が追い付かず、その存在が世に知れたときには、生成AIに対する嫌悪を煽るようなトラブルが起こり、否定的な見解を持つ人が増えてしまったのは悪手だったと言わざるを得ません。
生成AIは正しく使えば、クリエイターにとって最大の相方となります。創りたいものを1つでも多く創るために作業を効率化するには、その能力は欠かせません。しかしながら、法規制や学習データのクリアランスなど、その課題は未だ残り続けます。

生成AIと敵対しない、生成AIと手を組む、そのためにも、共存できる状況を作るべく、最大限努力しなければなりません。


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AIが作曲したら作曲者は誰?

皆さん、おはようございます。

首をかしげるモデル人形

生成AIの技術は、楽曲制作にも徐々に浸透してきています。
ただ、イラストなどと同様例に漏れず、生成AIによる自動作曲が著作権の侵害になる、生成AIによる楽曲制作で作曲家は要らなくなるなど、懸念する内容はあります。
ただ、こういう意見を目にしました。

生成AIも楽曲制作のパートナーであるべきだ

確かに生成AIの技術の進歩は目覚ましく、プロンプトと呼ばれる文章の組み合わせで意図した生成データを生み出すだけでなく、誰かに語り掛けてそれを噛み砕き、その通りの内容を示すなど、人間と遜色ない柔軟性を持ち合わせるようになっています。
しかしながら、生成AIが持つ、学習データに関するクリアランス…つまり、生成AIが成果物をアウトプットするにあたり参照するデータが、合法的に与えられ学習したものなのか、その透明性を問われることが多く、それについては未だに学習データのクリアランスが確保されていないのが現状です。そのため、楽曲制作に生成AIを使用した場合は、販売を認めないなど規約で定めているケースもあります。

ところで…
生成AIも楽曲制作のパートナーであるべきだとは言いますが
では、生成AIが作曲した楽曲は、誰が作曲者となるのでしょうか?

結論から言うと、作曲者のない楽曲が出来上がるという、著作権のバグが発生するような状況になるかと思います。

例えば…
「クライアントから楽曲制作を依頼されたので、生成AIに投げて制作してもらった」
これに対して、作曲者は生成AIに投げた本人という主張があることでしょう。
しかしながら、これはどうでしょうか?

「クライアントから楽曲制作を依頼されたので、自分に師事する弟子に制作してもらった」
これに対して、作曲者が弟子に投げた本人ということが通用するでしょうか?
…ゴーストライター問題よろしく、通用しないと思います。そして、生成AIが作曲したケースについても、ゴーストライターに作曲させた場合と同じです。
それを考えると、生成AIに作曲してもらった楽曲は、作曲のタスクを投げた本人にはなり得ないという結論が導き出せます。もちろん、生成AIはツールなので、生成AIが著作権を主張することはできません。
結果、作曲者の存在しない楽曲が出来上がるということです。

もっとも、楽曲制作を依頼されたから生成AIに投げて作曲するとしても、作曲の依頼を請けるたびに生成AIに投げて、完成したものを納品して…果たしてそれは、作曲家としての本分を全うするものでしょうか。
これでは単なる作業にすぎません。
何よりそこに、本人のアイデンティティはありません。

生成AIは、クリエイティブな仕事を後押しする、それこそこれからの楽曲制作の相棒ともなることでしょう。
しかしながら、無作為に楽曲を食わせて楽曲を生成し、それをもって作曲家を名乗るような、プライドの欠片もない作曲家の量産につながらないことを、願うばかりです。

NRTサウンドでは、楽曲制作のプロセスにおいて、生成AIを一切使用しておりません。
安心安全な完全なるオーダーメイド作品を、提供いたします。


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楽曲制作の仕事にどれだけのコストがかかったのだろうか

皆さん、おはようございます。

小銭

楽曲制作をすることを業務としているNRTサウンドですが、そもそも楽曲制作の仕事を立ち上げるにおいて、どれだけのコストがかかったのでしょうか…

まずは機材です。
楽曲制作用のコンピュータと、楽曲制作用のソフトウェア、入力用のデバイス、出力用のモニタースピーカーに、オーディオインタフェースといった、楽曲制作のインフラに大きな費用が掛かっています。
そして機材もさることながら、ホームページの運用費用、セミナーやイベントへの参加といった宣伝広告に関する費用も掛かってきます。
もちろん、コンピュータなどのインフラは長い目で見れば消耗品なので、定期的に買い替えが発生します。これらインフラや宣伝広告などに関する費用を制作報酬で賄い、もちろん、家賃や光熱費など、生活に必要な資金にもかかってきます。
なので、楽曲制作の報酬には、制作に必要な時間だけではないコストへの充当も必要となってきます。

おしまい。

…終わっちゃダメだ

肝心なコストが残っている

ここで大切なのは、「なぜ楽曲制作の仕事を志すに至ったか」ということです。
単純に考えれば、「楽曲制作の仕事を請け負い、報酬を頂くことができる」と考えるに至るバックグラウンドがあるからでしょう。そのバックグラウンドに相当するのが、楽器演奏や音楽知識と言った、楽曲制作を支える知的技術的なバックボーンです。
では、そのバックボーンを培うのに、どれだけのお金と時間がかかったのでしょうか…

子供のころから音楽に親しみ、音楽系の習い事をした、人によっては音大や音楽の専門学校を出たなど、楽曲制作のバックボーンとなりうる物事に関するコストは、決して安くはありません。
それを考えると、楽曲制作での仕事については、過去に培ってきた楽曲制作に対するバックボーンへの費用を賄うという意味合いも含まれるでしょう。それを踏まえれば、仕事を請け負うために無償依頼や安請負を提示することは決してあり得ません。
そして、過去に対する賄いだけでなく、今後の楽曲制作スキル向上のための勉強、いい機材の導入、新しいサービスへの投資などを考えると、楽曲制作の仕事は正当な対価を頂かないと成り立たないと考えるには容易いでしょう。

制作の依頼は決して、安くはありません。
しかしながら、なぜこの金額を提示するのか、高いと思われる額面には決して、儲けを厚くするという意味合いではなく、過去や現在、未来に対する充当の意味合いが含まれることを、ご理解いただけますと幸いです。


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